さがしモノの旅| 宮崎県・高千穂郷【後編】神話の里で出会った、しめ縄を作り続ける人たち
こんばんは。カタカナの河野です。
全国を巡り、心から紹介したいと思える
作り手を探す「さがしモノの旅」のお話です。
前編では、高千穂神社の夜神楽を見て、
この土地そのものにすっかり魅せられてしまいました。
そして今回は後編。
いよいよ今回の旅の目的地、


■ナビも迷った、山の奥の工房
夜神楽を見て、神話の小冊子を読んで、
すっかり高千穂という土地が好きになってしまった河野夫婦。
宿で朝ご飯をたっぷり食べて、
5月の気持ちのいい山道を走ります。
ナビを見ると目的地までは15分。
「近いね。」なんて話しながら出発しました。
ところが20分走っても着きません。
山を下り、
渓谷沿いの細い道を進みます。
かなり細い道です。
「本当にこの道で合ってる?」
妻とそんな話をしながら進んでいくと、
パッと景色が開けました。
目の前には、美しい五ヶ瀬川。
思わず車を止めたくなる景色です。
ところが、この景色。
完全に道を間違えていました(笑)。
スマホで検索し直すと、
まったく違う場所へ案内されていたようです。
来た道を戻り、今度は山をぐんぐん登ります。
予定より30分遅れて、
ようやく「わら細工たくぼ」さんへ到着しました。
待っていてくださったのは、甲斐さん。
そして福岡から駆けつけてくれた、
「うなぎの寝床」の池田さんでした。

看板を見つけホッとしました

■はじめて見る棚田
車を降りて最初に思ったことがあります。
「あっ、僕は棚田を見るのは初めてだ。」
棚田で稲を育てていることは知っていました。
でも実際に見るのは初めて。
田んぼというと、
一面に平らな景色が広がっているものだと思っていました。
ところが目の前にあるのは、
山の斜面に小さな田んぼが何枚も何枚も重なる景色。
なるほど。これが棚田なんだ。
知っているつもりでも、
実際に見るとまったく違います。
これも「さがしモノの旅」の楽しさです。

■なぜ、この土地でしめ縄を作るのか
最初に事務所で、
しめ縄のお話を聞かせてもらいました。
全国各地でしめ縄は作られています。
でも、なぜ高千穂のしめ縄は特別なのか。
甲斐さんは静かな口調で話し始めました。
「この高千穂郷には、大きな神話が二つあります。」
一つは「天孫降臨」。
天照大神が孫にあたる神様へ、
この国を治めるようにと稲穂を授けた神話です。
そしてもう一つが、
昨夜見た夜神楽のもとになっている「天岩戸伝説」。
天照大神が岩戸に隠れ、世界が真っ暗になります。
神々が力を合わせて外へ導き出し、
二度と岩戸へ戻らないように縄を張った。
その縄が、
しめ縄の起源だと伝えられています。
昨夜、
夜神楽を見ていて本当によかった。
甲斐さんの話が、自然と頭に入ってきます。
ただ伝統だから作っているのではありません。
神話があり、
稲作があり、
その土地の暮らしがある。
だから、この土地では今もしめ縄が作り続けられている。
少しずつ、その理由が分かってきました。
そして同時に、
今度は甲斐さん自身のことが気になってきたのです。

■甲斐さんという人
話を聞いているうちに、
今度は甲斐さん自身のことが知りたくなりました。
実は甲斐さん、
以前は小学校の先生をされていたそうです。
でも、この場所は何代も続く農家。
100年以上守り続けてきた棚田で稲を育て、
そのわらで、70年近くしめ縄を作り続けてきました。
お祖父さまの代から始まったしめ縄作り。
お父さまの代になると、会社勤めをしながら稲作としめ縄作りを続け、
家業を守ってきたそうです。
子どもの頃から、その姿をずっと見て育った甲斐さん。
きっと大変な仕事だと思って見ていたはずです。
でも同時に、ものを作ることの面白さや、
受け継いでいくことの意味も、
自然と心に残っていたのではないでしょうか。
甲斐さん自身も、
小学校の先生という仕事に誇りを持っていました。
それでも、「このままの生き方でいいのだろうか。」
そんな思いが、心のどこかにあったそうです。
そして選んだのが、子どもの頃から一番身近にあった「わら細工」でした。
「わら細工だけで食べていくのは難しい。」
お父さまにはそう言われたそうです。
それでも2016年、
「わら細工たくぼ」を立ち上げ、
2024年には株式会社になりました。
順調だったから会社になった。
そんな簡単な話ではないのだと思います。
この場所へ来て、棚田を見て、話を聞くと、
その決断がどれほど大きかったのか、
少しだけ分かった気がしました。


■青いしめ縄の秘密
工房を案内していただいていると、
青いしめ縄が目に入りました。
実は僕、ずっと勘違いしていました。
青いしめ縄は、時間がたつと黄金色になる。
畳と同じようなものだと思っていたんです。
ところが、まったく違いました。
「青わらは、お米が実る前に刈り取るんですよ。」
えっ!そうなの?
しかも、
育てる稲の品種まで違うそうです。
青わらには、
成長が早く、長くやわらかい品種。
黄金色になる稲わらは、
お米を収穫するための品種。
作品によって、
自分たちで育てたわらを使い分けているのです。
50年以上生きてきて、
また一つ知らないことを教えてもらいました。
「棚田は一枚一枚が小さいでしょう。
だから、品種を分けて育てやすいんですよ。」
甲斐さんが笑いながら教えてくれました。
なるほど。棚田って、
景色がきれいなだけじゃないんですね。

■若い職人さんたち
しめ縄を作る作業場も見せていただきました。
勝手な想像ですが、
年配の職人さんばかりが作っていると思っていました。
ところが、
そこにいたのは20代を中心とした若い職人さんたち。
リズムよく、
手際よく、
しめ縄を綯っていきます。
話を聞くと、
ほとんどの方が県外からの移住者でした。
地域おこし協力隊として高千穂へ来て、
甲斐さんの仕事に魅力を感じ、
そのままここで暮らし始めたそうです。

大きな倉庫には稲わらと青わらが積まれていました。
稲を整える機械が想像以上にシンプルなものでびっくり。
収穫したモノをこの台に通していきます。
訪ねて行った5月は、1年の中でも稲の在庫が少ない時期。
冬にはこの倉庫が上から下までビッチリ稲で埋まるそうです。


棚田で稲を育てる。
わらを作る。
しめ縄を綯う。
その暮らしを、自分の仕事として選ぶ。
その姿を見ていて、なんだかうれしくなりました。
皆さん、とてもいい顔をしているんです。
仕事に追われている顔ではなく、
「この仕事が好きです。」
そんな表情に見えました。
やっぱり、この人たちに会いに来てよかった。
そう思いました。


■棚田で見えた景色
「棚田も見ていきますか?」
甲斐さんに案内されて、急な坂道を登っていきます。
途中で見せていただいたのが、棚田へ水を送る水路でした。
「水が届くのは朝3時ごろなんです。」
えっ?
思わず聞き返してしまいました。
何キロも先の水門が開き、
夜中に流れてきた水を田んぼへ引く。
それが毎日の仕事なのだそうです。
僕は、田んぼの水は近くの川から自由に使えるものだと思っていました。
でも、ここは違いました。


■美しい景色には、理由がありました。
目の前は絶景の山々、
向こうの山との間に深い渓谷が見えないけれどあるそうです。
「あっ!」来る途中で迷い込んだ、
あの五ヶ瀬川でした。
実はあの川、
この棚田からはるか下、
500メートルほど谷底を流れているそうです。
すぐ近くに大きな川が流れているのに、
棚田では水を自由には使えない。
朝3時に届く水を待ち、
稲を育てる。
嵐が来れば棚田を心配し、
秋には天気を見ながら稲を刈り、
ようやく収穫したわらで、
しめ縄を作る。
景色は美しい。
でも、その美しさは、
毎日の積み重ねの上にありました。
「すごいなぁ。」
そんな言葉しか出てきませんでした。

■やっぱり来てよかった
今回の旅で、
一番心に残ったのは景色ではありません。
ここで暮らし、棚田で稲を育て、
そのわらでしめ縄を作り続ける人がいることでした。
モノを見に来たつもりでした。
でも気が付くと、
人に会いに来ていました。
だから、
このしめ縄を紹介したいと思いました。
もしお時間がありましたら、
ぜひ甲斐さんに会いに来てください。
初日と2日目は、
宮崎県日之影町から甲斐さんが在廊してくださいます。
そして両日15時からは、
しめ縄作りの実演も行います。
一本のわらが、
少しずつしめ縄になっていく様子を目の前で見ると、
きっと作品の見え方も変わると思います。
僕たちが高千穂で感じた空気を、
自由が丘でも感じてもらえたらうれしいです。


■帰り道に思ったこと
甲斐さんと池田さんにお別れをして、
帰りの車を走らせます。
妻に聞きました。
「なんで神様は、こんな大変な場所に稲を育てなさいって言ったんだろう。」
もちろん答えはありません。
でも、
朝3時に水を待つ人がいて、
100年以上棚田を守る人がいて、
70年近くしめ縄を作り続ける家族がいる。
そんな景色を見たあとでは、
神話は昔話ではなく、
今もこの土地に流れている時間のように思えました。
やっぱり来てよかった。
また違う季節に、
高千穂へ帰ってきたいと思います。
▶【前編】「しめ縄を探しに行ったはずが、高千穂という土地に心を奪われました」はこちらから
「TOKICHI straw works個展」
〈日程〉2026年7月4日(土) - 8日(水) 12 : 00 - 19 : 00 ※最終日- 18:00
〈場所〉k a t a k a n a s h i n 世田谷区奥沢2 - 1 2 - 6 H- B l d 2 0 1
▶くわしくは、こちらから

