アサヒシューズのお話。
「アサヒシューズってご存知ですか?」
この言葉で僕の接客はスタートします。
半分弱の方が知らないと言い、その半分ほどの方が何となく聞いたことがある。残りの方が「知っている!懐かしい!上履きの靴屋さんでしょ?」などの反応があります。アサヒシューズさんとの出会いは前回の「さがしモノの旅 九州 波佐見・久留米編その4」でもお話しましたが、最初、僕が気になったのは、この会社で70年以上作り続けている最古級クラスのスニーカー「クーガーラリー」でした。
そんなある日、アサヒシューズの営業の高橋さんから「見てほしい商品があります」と紹介されたのが、新作の「Asahi」シリーズ。見た瞬間、「おっ!カッコイイ」。でも、どこかで見たことがある感じ、、最近の流行のクラシックスニーカーの競合品かな?
別の日、商品の背景を教えていただきました。その開発ストーリーを少しお話しします。
「トップサイダー」というブランドを知っていますか?
正確には「スペリートップサイダー」といいます。創業者のポール・スペリー氏はヨット乗りで、水に濡れた甲板の上でも滑りにくいスニーカーの開発に成功します。1935年のことです。一見ツルツルしたソールパターンですが、細かい波型の切り込みが入っていて、これが滑り止めの役割を果たしているのです。ヨットに乗る機会はなかなかありませんが、たとえば雨の日の駅構内のような、ツルツルと滑りやすい床に威力を発揮。これが通称“デッキシューズ”の元祖なのです。
僕がヨットとはまったく縁がなかった高校生時代(今もありませんが、、)、雑誌『POPEYE(ポパイ)』がバイブルでした。そのなかで強く影響を受けたのが、アメリカ東海岸で生まれた“プレッピー”というスタイル。とにかくカッコ良かった! モデルさんの夏のコーディネートの基本は、エスパドリーユかこのトップサイダーのデッキシューズ。Made in U.S.Aがキラキラと輝いていたころです。
そんな僕が穴のあくほどポパイを眺めていた時代のもっと前、「かっこいいな〜!このスニーカー、、」とトップサイダーのデッキシューズを眺めていたのが、久留米のアサヒシューズの人物。当時からの高い技術力でデッキシューズを完成させてしまいました。その姿かたちは本物と比較して、まったく遜色がなかったそうです。そしてビックベンというオリジナルブランドとして販売。そうこうしているうちに、アメリカ本国からトップサイダーの方たちが視察に久留米の工場に来たそうです。
そして、なんと!こんなことになるなんて!!
そのころトップサイダーのデッキシューズはアメリカで作っていましたが、視察を終えて担当の人が「ここで作られているデッキシューズは本国のモノよりも品質が良いかもしれない、、」
1970年代からトップサイダーのデッキシューズはアサヒシューズの久留米工場が生産をしていたのだとか!知らなかった!!
実はトップサイダーのブランドは近年大手シューズ会社に買収されてしまいました。マニアの間でトップサイダーのデッキシューズ史上の最高傑作といわれたJAPANモデルは希少価値が高まっているのだとか。そして今回この「Asahi」シリーズは当時の木型を使い、現代の技術を使い再び生まれたモノなのです。このスニーカーは復刻と言う言葉では足りないくらいのストーリーがあったのです。
言いたいことはまだまだあります。
・伝統の技のバルカナイズ製法で製作。→壊れにくい
・こだわりのキャンバス素材を糊付け無しで縫製。→柔らかい履き心地。
・伝統を活かしながらも、細部までこだわったデザイン。→コーディネートしやすい。
・まだ、だれも履いていない今だから履いてほしい。→自慢できる。
・横田君がデザインの責任者。→前回の打ち合わせで目を輝かせていた期待の社内デザイナー
あぁ、、僕はアサヒシューズがドンドン好きになってきた。
都内ではなかなか見ることの出来ない「Asahi」のこだわりのスニーカーです。
この機会に1足いかがですか?
カタカナ自由が丘店でお待ちしております。
これはデッキシューズでは無いのですが、アメリカの別の某有名ブランドもアサヒシューズさんが作っていたのだとか!しかも80年代ジョギングブームに火をつけた傑作のモデル。の木型を使っています。
スニーカーマニアだったらシルエットでわかるかな?
木型は当時のままで、素材や技術は現代の最高水準のモノを使用して作られています。
今回ご紹介したAsahiの詳しいことはこちら →公式サイト★
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